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2016年10月27日 (木)

ルワンダ 絶望の内戦と虐殺から奇跡の復興/ Rwandan miracle from devastating civil war and genocide

1994年4月から7月のわずか3ヶ月に、犠牲者の数は、少なくとも50万人、80万人とも100万人以上ともいわれるルワンダの虐殺と内戦。

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The Rwandan genocide was a genocidal mass slaughter of Tutsi in Rwanda by members of the Hutu majority government. An estimated 500,000–1,000,000 Rwandans were killed during the 100-day civil war from April to mid-July 1994.

ここキガリの虐殺記念博物館には、虐殺に至る背景や虐殺の実際の写真などが展示されています。ここでは、その一部だけをご紹介したいと思います。


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Here in a Kigali genocide memorial center shows background of genocide and actual massacres, but I would like only limited portion of pictures and materials.

フツ族とツチ族の民族紛争によるものですが、この両民族は、もともとは同じ民族であったのを、植民地として効率的に支配するために欧州諸国が恣意的に分離したものといわれています。

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The genocide is known officially as the genocide against the Tutsi from Hutu, however these two tribes,Tutsi and Hutu, are thought as intentionally diversified by European countries for colonizing the country.

フツ族の過激派がツチ族及び穏健派のフツ族に対し行った虐殺は、政府軍だけではなく民兵や一般市民が隣人や場合によっては自らの家族に対しても行われたと言われています。過激派によりツチ族に対する虐殺を煽動されたフツ族の市民は、それを拒否すると裏切り者として殺されることから、今まで平和に暮らしてきた隣人に対しても虐殺を行ったといわれています。

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Massacres by radical Hutu to Tutsi and moderate Hutu was implemented not only by military and militia but also by Hutu civilians to their neighbors and even their families. It was also said agitated Hutu people obliged to kill Tutsi people since they would be killed as moderate one in case they refused to do so.

そして、虐殺は幼い子供に対しても見境なく行われました。むしろツチ族の根絶を目指し子供や女性を標的として筆舌に尽くしがたい行為が行われたといわれています。

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The killings was operated to also young children or babies, it was said massacres targeted to women and children since the goal was to kill all living Tutsi, and actual operation was said beyond description.

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こうした内戦状態で行われた虐殺は、当然のことながら、双方の民族に大きな傷跡を残しました。虐殺から20年以上が経ち、今、ルワンダはこの忌まわしい事件から復興の途上にあります。この虐殺に対し国連をはじめ多くの国際社会・機関が十分に抑止力を持てなかったことの反省もあり、このルワンダの復興に対し、国連等も積極的に支援しています。

Such genocide during civil war had left critical damage both of Tutsi and Hutu, and after more than 20 years, Rwanda is still on the long way to development from the tragedy. International society and organizations including United nations is now supporting Rwandan recovery with great regret not for preventing such tragedy.

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そして今、ルワンダは、アフリカの奇跡とも言われ、着実に復興の道を進んでいます。そして今年の7月に完成したキガリ国際会議場では国連の国際会議等も開催され、今回モントリオール議定書のキガリ改定の話し合いの舞台にもなりました。

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Now, Rwanda has been developing on steadily as said a Rwandan miracle. And important international conventions including Montreal protocol have been operated in the capital of Rwanda, Kigali.

ルワンダは今、過去の反省に立ち、国の宝である子供たちの教育にもっとも力を入れていると言われています。そのことはこのルワンダの紙幣にも現れています。

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In Rwanda, government is investing education of child reflecting the last tragedy and you can see this in the bill of the country.

この短い記事では、ルワンダ虐殺の複雑な背景や実際に行われたことを書くには余りにも短すぎます。もしご興味もたれたら、wikipediaのホームページにリンクを張っておきますので、そちらから、いろいろなことをお読みいただければ幸いです。

ルワンダ虐殺 wikipedia


If you have interested in Rwandan genocide, please find website of related article including wikipedia, since my article is too short to write this complicated insident.

Rwanda genocide wikipedia

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コメント

おはようございます。
ほんと悲惨な状況でしたよね。
お話聞いた時も、日常の生活の朝を迎えたら、いきなり爆発音がして殺戮が始まって、主人とは別れ別れで逃げてきたようなことをおっしゃってました。
まだまだアフリカには紛争が絶えないニュースが流れてますが、人間の欲望と、権力と残虐さがこのような紛争をもたらすのでしょうね。
もう一つの責任は、第2次大戦後、大国による地域の分割ですね。これも大きな要因ではないかと思います。何れにしろ早く子供たちが希望を持って暮らせる国々になればいいなと思います。

投稿: mitakeya | 2016年10月28日 (金) 05時04分

mitakeyaさん 有難うございます
ルワンダに行く前は、虐殺の話は遠い国で起こった民族間の争いというくらいの認識でしたが、政治的な背景のある複雑な話だと思いました。ルワンダの人々は温厚で素直な方が多いという印象を受けました。そしてこのような方々が何故?と考えてしまいます。
ただ、出会った子供たちの笑顔(写真は取りませんでしたが)と紙幣に記されている教育重視の姿勢が将来に向けての希望です。

投稿: Khaaw | 2016年10月28日 (金) 05時57分

キガリの虐殺記念博物館に行かれたのですね。
ここを訪れたことのある方からは、かなり
残酷で悲惨な状況を感じる展示もあると聞きました。
きっと記事では紹介されていなくても、Khaawさんは
その目でご覧になられたのでしょう。
私も、いつか行ってみたいとは思っていますが、
やはり、勇気がいるような気もしています。
現在のルワンダが、アフリカの奇跡と呼ばれるほど
着実に復興の道を進んでいる・・ということが、何よりの救いです。

投稿: hanano | 2016年10月30日 (日) 16時27分

hananoさん コメント有難うございます。
お書きいただいたように、博物館の展示物にはかなり残酷で目を覆いたくなるような写真や物が展示されています。私たちは、この悲劇から目をそらしてはならない、そして忘れてはならないというメッセージが込められているように思います。
この博物館に入場するには、それなりの覚悟が必要だと思います。広島の原爆資料館との比較は難しいですが、ある意味同じようなところがあろおうかと思います。
今、ルワンダが直実に復興に向けて進んでいけるよう、一緒に考えたいと思います。

投稿: Khaaw | 2016年10月30日 (日) 17時57分

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